1月 フィンランドの森、再考
フィンランド生活も20年になると、思わず苦笑してしまうほどフィンランド人的なことをしている。またしても年末年始をタイで過ごした。そして青い空、+35℃にうきうきするのだ。ところが今回は、勢いで山登りすることになってしまった。山岳民族カレン族の聖山と聞いたら、行かない訳がない。寝袋を借りたり自分でできる限りの重ね着の準備をして、仲間に入れてもらった。森歩きは慣れている。だけど山登りは大丈夫だろうか、高地は大丈夫なんだろうかという不安があった。そしてその不安は的中というか、登り始めて30分も経たないうちに、アキレス腱が大変なことになっている。ずっと傾斜が続く、しかも急だ。アキレス腱が伸びきったままで歩いているような感じ。「山のてっぺんまで、あとどれくらいあるんだろう」ということが何度となく頭をよぎった。
その時ふと思った。森を歩いているときとは、状況が全然違う。森を歩いているとき、私はきょろきょろしている。周囲の景色にいちいち気をとめて、そして何よりも、私は目的地をもたずに森を歩いているのだ。美しいと思った場所でゆっくり休み、そのまま戻ることもあれば、気分によってはもう少し先に進んだりする。同じ森を歩いていても、ベリーを摘んでいるときがあれば、きのこ狩りのこともある。サラダになりそうなハーブを探すことだってある。山…急な坂道を頂上目指して歩きながら、ひたすら私は足元ばかりを見つめていた。慣れ、といえばそうなのかもしれないけれど、平たくて苔に覆われたふわっとした地面を踏み歩いていく森と、目的地のある山を歩くのはずいぶん違う。そして山登りは下りのハードだったこと。きのこ狩りで中腰になって森をうろうろしているよりも大変だった。
年明け早々、これまでに経験したことのない筋肉痛になり、太陽と暖かい気候の中でまったり休暇を過ごすどころか、山頂で重ね着してもブルブル震える寒い朝晩と階段が下りられないほどの筋肉痛を経験した休暇になってしまった。でもこの歳で見たことのない美しい風景、味わうことのなかった新しい体験ができたことは、なんと幸せなことだろう。
山頂で迎えた朝、タイ北部の山となると霜がおりるほど寒い
山々が連なる
1月になってもヘルシンキの海が凍っていないというのは珍しい
森下圭子さん
Keiko Morishita-Hiltunenさん
ムーミンが大好きで、ムーミンとその作家トーベ・ヤンソン研究のためにフィンランドへ渡り、そのまま住み続けている森下さん。今はムーミン研究家として、またフィンランドの芸術活動や、日本へフィンランドを伝える窓口として、幅広く活躍中。